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「坑には入つてみたんかね。あすこはもう何年も入つた人がないちふことだが」
「ふむ」
「ジョン、降りろ」
だが、このはてしのない遠慮深さは気持の悪いものではなかつた。
宿の者はこういっただけで、その以上の説明を加えなかった。伊助の報告もそれで終った。
思はず時間がたつてしまつた。房一は腰を上げた。前脚の上に顎をのせて長々と寝そべつていた犬は急に起き上つて身ぶるひした。徳次は、房一の往診の時間を大分遅らせたのにやつと気づいた。
「いゝ恰好で!」
「え?いや、居ましたよ、居ましたけど、別に――」
一人だと何んて少ししか喰べないもんだらう、まるで小鳥の餌ほどだつたわ、と可笑をかしがりながら。――それに、後片づけだつてざぶざぶつと一二回やれば済んでしまふわ、と横目で膳の上を眺めながら。
「それは、小規模な演習だからして居らん」
それから十二年の後である。明治元年の七月、越後の長岡城が西軍のために攻め落された時、根津も江戸を脱走して城方に加わっていた。落城の前日、彼は一緒に脱走して来た友達に語った。
「おい、ビールをくれ」と、しやがれた低い声で云ふと、土間の安テーブルの前に腰を下した。